高みを目指すだけで幸福なのだと考えなくてはならない

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哲学

おはようございます。
黒うさぎです。

ハンバーガーにはまってます。

「より多くの富を得、より多くの商品を消費しようと互いに競争することに人生を費やす個人」という資本主義的な理想のほかに何も残されていないようにみえる。このような理想がもたらすように見える幸福や満足は、長続きしない

引用:HOW ARE WE TO LIVE? ピーター・シンガー

とある大金持ちは宇宙に行ったり、高級車を買ったり、お金を配ったりしていますが、
その一貫性のなさから、私には彼が存在不安を抱えているように見えます。

稼いで使うのループでは、本当の満足を得ることはできません。

では、どのように生きればよいのでしょうか?

 

😇生きる意味はない


先に結論から言うと、生きる意味などありません。
例えば世の中的に価値があるとされている仕事や子供を産み育てることも
あなたがやらなくても、別の誰かがやるでしょう。

それに、
必要なことを誰もやらずに人類が滅んだとして、
宇宙からしたらだから何?って話なんですよ。

人類を存続させなきゃいけないという考えは人間のエゴで
それに意味があると思っている人は視座が低いです。

紀元前にブッダが到達した真理、諸行無常を理解すれば
全てが無意味であることに気づくでしょう。

 

😘「このために生きる」は自己実現


「このために生きる」といえるものがまだ何かあるだろうか。
金銭や、恋愛や、自分の家族は別として、他に何か追求するに値するものはあるだろうか?

引用:HOW ARE WE TO LIVE? ピーター・シンガー

「このために生きる」から真っ先に金銭、恋愛、家族を排除している時点で
この人はよく学んでいるなと思いました。

俗人が真っ先に挙げるのが上記3つであり、
そしてそれらは欲求階層説において下層~中層に位置するもので
最高の満足とは程遠いからです。

ということで、もう予測がついた人もいるでしょうが
この著者が考える生きる意味とは、欲求階層説の最上位の欲望である自己実現でした。

全ての選択肢が無意味なら、最高に満足できるものが良いと考えるのが普通で
最高に満足できることは自己実現であると心理学の世界で言われているわけですから
自己実現するのが生きる意味だよね、と様々な哲学者が語るのも納得できます。

とはいえ自己実現ってなんだよって思う人もいるでしょうが
マズローは以下のように述べています。

たとえ、上に述べたような欲求がすべて満たされたとしても、自分自身に適したことをやっていなければ、いつもとは言わないまでも、しばしば、新たな不満が現れてきて落ち着かなくなるだろう。

心静かにしていられれば、音楽家は演奏するだろうし、画家は描くだろうし、詩人は詩を作るだろう。この欲求は『自己実現の欲求』と言えるだろう

by アブラハム・マズロー

 

😭高みを目指すだけで幸福なのだと考えなくてはならない


嘲笑の対象にならずにすむ運命などない。
高みへと向かって格闘するだけで人間の心を満たすには十分なのだ。
シシューポスは幸福なのだと考えなければならない。

引用:HOW ARE WE TO LIVE? ピーター・シンガー

シシューポスとは人間に神の秘密をあかしたために罰を与えられ、
岩を丘の頂上に押し上げる苦役を科された神話上の人物です。

丘の頂上まで押し上げられた岩は、転がり落ち
また最初から同じことをしなければなりません。

これは人生の無意味さを説いた逸話であり
日本にも賽の河原という似たような話があります。

世界中で太古から

生きる意味ねーじゃん!って

気づいてたんですね

私もジャンプルーキーで1位を目指して日々格闘しているわけですが

ジャンプルーキーで1位になったらジャンプ+で競争が始まり
それが終わったら漫画界全体で競争が始まり
それに勝っても、来年再来年と競争は続くので

「1位を目指してる」それだけで幸福だと思わなければならない
というのはそうなんでしょうね。

競争から解放されるのは、死ぬ時ですから
その道中を楽しまないといけない・・・まぁ難しいんですけどね。

 

🌛なんのイベントも起きない人生がベスト


私たちは毎日毎日自分と家族を食べさせるために働き、それがすんでもすぐまた同じことを繰り返さなければならない。人は子孫を作り、その子供たちもまた同じことをしていかなければならない。何も本当には達成されず、私たちの種が滅びるその日まで同じことが繰り返されていく

引用:HOW ARE WE TO LIVE? ピーター・シンガー

つらつらと、人生は無意味という話を書きました。

仏教では一切皆苦だから幸福を増やすのではなく苦しみを減らすことに注力しなさいと言われますが、これは本当にその通りだと思います。

何もかも無意味なら、苦しみが少ない人生の方が良いに決まっている。

実際、私は早期リタイアして
働く時間(苦しみ)を減らしたわけですが、
この選択には最高に満足しています。

なるたけ「簡素」な境遇、加えて「単調」な生き方をすれば、
生の本質である負担を最小限にしか感じないから、退屈が生じない限り、幸福でいられる。
それは波も立てず渦も巻かず、さらさらと小川のように流れてゆく生き方である。

引用:幸福について ショーペンハウアー

毎日絵を描いて、ときどきブログを書く
そんな単調な日々を送っているわけですが
これが結構面白いんですよね。

んほぉ~イトさんの達観してるけど俗っぽいとこもある感じたまんねぇ~
と自分で描いた漫画に自分で興奮する日々。

こう、と定義されたくないので
完全に働かない無職というわけではなく、ときたま働く
そういう微妙なキャラにするのが癖になってんだ

作者は1秒も働かないで

何百日も経過してるのに・・・

そんな素朴な喜びをかみしめながら生きてます。
「イトの国家転覆記」7話は10/1にはupできると思います。

 

🚙おまけ:目の前で交通事故が起きた


喫茶店でブログを書いて、その帰り道
目の前で車と車が衝突する交通事故が起きました。

目的地にたどり着くより先に、あの世に着いちゃったみたいですね。
いやまぁ、生きてるかもしれませんが。

世の中の人が車に乗る理由が本当に理解不能なんですよ。
そんなに急がなきゃいけないほど時間が無い
そんな人生を変えたいとか思わないんだろうか?

日本って交通事故が年間で30万5196件も起きてるんですよ
自分も事故を起こしてしまうかもしれない・・・とか考えないのだろうか?
私はそれが恐ろしすぎて車に乗りませんでしたからね。

なんなら薬剤師免許持ってるのに薬剤師にならなかったのも、
調剤ミスを起こしてしまうかもしれないという恐怖からなんですよ。

漫画はミスしたって誰も死にませんから、安心して取り組めるんですよね。

多くの人が私に「車を買え、車を運転しろ」と言ってきて
そういう人たちは、私が事故を起こしてちーんしても一切責任をとらないでしょう。

社畜だった頃、みんなで動物園に行こう!みたいな話になって
後輩の女の子が運転する車に乗ったんですが、先輩びびりすぎーとか言ってスピード出された時
「免許取りたての大学生がドライブで死亡」というよくあるニュースが頭をよぎって
自分で運転しないだけでなく、他人が運転する車も乗りたくないと思いましたからね。

実際、年間で死傷者数は7548もいるわけで
時短するために車に乗って人生終了ってそんなの嫌じゃん
ピクミンじゃないんだからさ・・・

つーか他人に雇われて使われて、時短するために車に乗ってチーンとか
完全にピクミンじゃないですか。そんな話あったなウシジマくんに!!!

医療機器売る人が時間がねぇって車で急いで
俺何やってんだ・・・って人生に絶望してたな!
あれが通常の人間だよ。それを受け入れてる奴はウシジマくんの登場人物以下だよ。

後輩の男の子と同期の男の子も交通事故に遭ってて
「いやー軽だったら死んでました」とか笑って言ってたんだけど
そんな怖い思いしても、仕事で使うからって変わらず車に乗る姿に狂気を感じたね私は。

仕事に使うからって・・・私も同じ仕事してたんですけど?

まぁ私の場合は他人に運転してもらってたから、誰かは運転しなきゃいけないんだけどさ
それすら嫌で、仕事自体辞めたからね。

ピクミンで人生が終わるのは嫌だから

車は漫画に出しません

私の世界観にそぐわない

 

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